業務特化型「生成AIエージェント」の展望と課題

生成AIがぐんぐん進歩するなか、テキストや画像を自動で生み出す技術は、すでにビジネスの現場で多彩な形で利用され始めています。
でも、最近は単なるチャット形式の一問一答では物足りない――業務フローや専門知識を丸ごと組み込んだ「エージェント」という新しい枠組みが脚光を浴びているのです。

本稿では、まず「業務特化の生成AIエージェント」とは何なのかを解きほぐし、そこからLLMによるマルチステップタスク実行がどのようなアプローチとして位置づけられるかを論じます。また、一部企業のケースとしてトヨタの「O-Beya」の取り組みを紹介しつつ、マルチエージェント方式のメリットや課題を俯瞰。さらに、こうしたテクノロジーを導入することで得られる利点と、現時点で避けがたい懸念点にも触れます。これらの内容が、今後の生成AI活用を考える皆さんのヒントになれば幸いです。


1. 業務特化型エージェント:生成AIの次なるステージ

これまでの「生成AI」は、ユーザーが投げたテキストプロンプトに対して文章や画像を一回の対話で生成する形式が主流でした。要約や翻訳、ライティングなどの面倒な作業をまとめて片付けられるため、企業でも一部実務をすでに置き換えている事例があります。

しかし、実際の業務ではもっと複雑な手順を1回の問い合わせで完了させたいシーンが少なくありません。チャットで質問するたびに人間が指示しなければいけないのでは、ワークフロー全体を自動化するには限界があるのです。

「エージェント」とは何か?

そうした状況下で生まれたのが、「業務特化型の生成AIエージェント」という発想。企業の専門知識やルール、ドキュメントなどをシステムに組み込み、複数のタスクを連続的・自律的に実行できる点が特徴です。

例:
社内ドキュメントの要約、分析から最終レポートの作成、そしてクラウドへのアップロードまでノンストップで一貫処理する

大事なのは、エージェントだからといって必ずしもすべての処理にLLMを使うわけではない点。機械学習モデルやルールベース、RAGなど多様なアプローチを混在させることが可能です。とはいえ、LLMが担うマルチステップタスク実行は、とりわけ汎用的かつ柔軟に運用できるため、近年とくに注目されているのです。


2. エージェント実装のアプローチ

2.1 単機能エージェント:比較的従来型

「エージェント」といっても様々な形がありますが、最もシンプルな例は単機能型のもの。ルールベースなどに近い形で、特定の小規模タスクを自動化します。

  • 例1: 契約書レビューだけを自動化するAI
  • 例2: 在庫補充のタイミングを判断するサプライチェーン用AI

このタイプは企業のPoCとして導入しやすい反面、複数のタスクや抽象度の高い処理を一気に取り仕切るのは苦手な点が現状の課題です。

2.2 LLMを用いたマルチステップ実行:柔軟な連続タスク処理

一方で、昨今メディアなどでよく取り上げられるのがLLMを活用したマルチステップ実行です。LLMがユーザーの要求を自動で細かいタスクに分解し、外部APIやツールを連続呼び出しながら複数ステップを自律的に進める、というスタイル。

例:
「新商品についてSNS調査 → プレゼン資料にまとめ → チーム宛にメール送付」という指示をLLMがプロセス化し、
「調査 → 要約 → 資料作成 → メール送信」をすべて自動で順次実行

この仕組みは非常に柔軟ですが、同時にLLMの推論処理が大量に発生し、クラウド料金を大幅に押し上げるリスクがあるとも言われています。


3. シングル vs. マルチエージェント:構成の違い

また、エージェントシステムは、大きく分けるとシングルエージェントマルチエージェントかで設計が変わります。

3.1 シングルエージェント

シングルエージェント方式では、1つのAIが全ての知識や実行権限を担う形です。導入のハードルは低めですが、そのAIが誤認すると誰も止めてくれないというリスクがあり、専門分野が増えるほどモデルへの要求水準が高くなってしまう懸念も。
とはいえ、小規模プロジェクトや限定的なユースケースでは、かえって運用しやすい選択肢になり得ます。

DALL-Eで生成したシングルエージェントシステムのイラスト めっちゃ文字で表現してるけど、割とイメージあってる

3.2 マルチエージェント

マルチエージェント方式では、複数のAIが役割分担し、互いに結果を確認し合いながらタスクを完遂する構造を取ります。

  • 例:
    • Aエージェント:法規制担当
    • Bエージェント:数理解析担当
    • Cエージェント:マーケ視点担当

複数のエージェントが人間の議論のように話し合い最終的に出力をまとめ上げることで、一方的な誤認を抑えられる可能性があるわけです。ただし、通信・統合ロジックが大規模化しやすく、コストや実装難度が跳ね上がるリスクは否定できません。

DALL-Eで生成したマルチエージェントシステムのイラスト 怖い、、、w


4. 事例:トヨタの「O-Beya」――マルチエージェントで知見を融合

自動車大手・トヨタが開発中の「O-Beya」システムは、その名の通り“大部屋方式”をAIで再現するコンセプト。振動、燃費、法規制などのエージェントを並行稼働させ、“仮想の大部屋”を形成するのが特徴です。

例:
「車を速くしたい」というリクエストに対し、動力性能エージェントがエンジン出力面を提案し、環境規制エージェントが排ガス要件を提示して、合流した解をまとめる

狙いは、ベテランエンジニアの知識を継承しつつ、多岐にわたる設計要素を迅速に検討すること。将来的に新人でも上質なコンサルが受けられるようなイメージでしょう。


5. メリットと懸念

ここまでで、AIエージェントの概要や具体例を確認してきました。そこで浮かび上がるメリットと懸念点を、あらためて整理します。

5.1 メリット

  • 業務効率化
    エージェントが書類作成やデータ収集を自動化してくれるため、人間はより創造的・戦略的な業務に専念できる
  • ナレッジ継承
    ベテランが引退前にノウハウをデジタル化し、エージェントに反映させることで組織全体の知識損失を防ぎやすい
  • 多角的視点(マルチエージェント)
    複数のAIが互いをチェックし合うことで、誤回答やハルシネーションを減らせる可能性も大きい

5.2 懸念

  • 推論コストの高さ
    LLMを多段階で呼び出すとトークン消費が膨大になり、クラウド料金が急上昇。「人力の方が安い」という逆転現象が起きやすい
  • 誤作動や安全リスク
    エージェントが外部APIを無制限に呼び出してしまうと、重大なトラブルやセキュリティ事故を誘発する恐れ。また、付随して、生成AIに対して外部APIへの権限移譲を進めるかも議論の余地があります。
  • 複雑な運用設計
    マルチエージェント方式では、エージェント同士のやり取りやモジュール間の調整が難しく、企業には高い技術力が求められる

6. 今後の展望

エージェント技術は導入コストや安全面での課題を抱えるものの、既にビジネス現場で一定の成果を上げ始めています。技術・市場の変化スピードを考えれば、数年後には大きなブレイクスルーが起こる可能性も否定できません。特に、以下のようなマクロトレンドは要注目です。

  1. 計算コストの低下
    ハードウェア進化やモデル最適化が進めば、いまは高額になりがちな推論コストが飛躍的に下がり、“人力より安いエージェント”が現実味を帯びてくる
  2. 安全ガバナンスの確立
    エージェントの暴走を防ぐための「権限管理」「監視フレームワーク」などが普及し、本格展開が進む
  3. 領域特化の深化
    医療・金融・製造など、分野別に最適化されたエージェントが生まれ、業界の“標準”インフラとして定着する可能性も

こうして見ると、エージェントが直面する“コスト・リスク・運用負荷”の壁を乗り越えられるかが、今後を左右する大きなカギになりそうです。とはいえ、トヨタのように早々に投資を行う企業が現れた今、数年先には多くの組織でエージェントが自然に使われ、私たちも当たり前に“AIと協働する”働き方を受け入れているのかもしれません。